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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)7386号 判決

東調布信用金庫

住宅金融公庫

事実

原告東調布信用金庫は請求の原因として、原告は訴外川浦荘之助が原告に宛て振り出した金額十万八千円及び同じく十万八千円の約束手形二通の所持人であるが、右振出人は今日に至るも前記手形金を支払わないので、原告は右二通の約束手形に手形上の保証をしている被告吉岡権之助に対し、右手形金並びに年五分五厘の割合による金員の支払を求めると述べた。

被告吉岡は抗弁として、訴外川浦荘之助、同サクの両名が住宅金融公庫から住宅資金三十六万円を借り受けるに際しては、右借入金を以て建築された住宅と外に登記簿上何らの負担のなかつた右川浦サク名義の宅地百坪の内二十三坪を分筆して即時公庫に担保に供する旨契約したものであるから、公庫は右契約に基く貸付金を交付する前に右宅地二十三坪について抵当権設定登記をなさしめるべき筋合であつた。しかるに公庫は何故かこれに抵当権設定登記をなさず、漫然本件貸付金を交付した(本件二通の約束手形金が即ちこの貸付金である)ものであるところ、右二十三坪の宅地はその後訴外堀川が抵当権設定の仮登記仮処分を得た旨の仮登記があり、次いで抵当権設定の本登記を経、更に競売の結果右堀川の所有に帰したので、今日においては公庫に対する登記は不能となつた。

一方本件貸付金を使用して建築した住宅一棟は被告川浦荘之助名義で保存登記を経たが、これに対しても公庫は何ら適当な措置を講じなかつたので、右住宅はその後訴外落合に売却して同人へ所有権移転登記した。

而して原告は本件貸付に関して貸付金の交付からその回収に至るまで公庫の業務取扱店として広汎な代理権を有していたものであるから、適当の措置を講ずべきであつたに拘らず漫然これを放置したため本件担保物件であつた宅地並びに建物に対してその担保権を滅失させたのである。従つて被告吉岡は保証人の求償権を侵害されたこととなり、少なくとも価格金二十三万円を超える前記宅地二十三坪の担保権を喪失したことになるから、その限度内の原告の本訴請求はこれを拒否できる筋合であると述べた。

理由

証拠を綜合すれば次の事実を認めることができる。すなわち、原告東調布信用金庫は住宅金融公庫の代理人として昭和二九年五月一五日訴外川浦荘之助、川浦サクの両名に対し住宅資金として金三十六万円を利息年五分五厘、弁済期日は建物完成後債務弁済、抵当権設定契約締結のときとする約束で貸しつけることを約し、被告は同日同人等の債務について連帯保証を約した。その際川浦サクは同人名義の宅地百坪の内二十三坪を分筆登記の上原告に対して抵当権を設定することを約束したので、原告は同年七月二七日と同月二九日の二回に亘り川浦荘之助に対してそれぞれ金十万八千円を貸与し、同人等はその支払のために本件約束手形二通を振り出し、被告はこの手形に保証をした。

ところが荘之助は前記貸付金による住宅の建築を予定どおり進行させないので、原告の社員岩田義夫は再三建築を進めるように催促していたが、昭和三〇年六月二日に至り荘之助が住宅資金で建築した家屋について同年三月八日付で所有権保存登記を経由し、同日訴外大野のために所有権移転請求権保全の仮登記をしていることを発見した。そこで岩田は荘之助に貸付金の返還を請求するとともに被告にその旨を知らせたところ、被告は岩田に対して前記家屋の仮差押をするよう、更に先に抵当権設定を約した土地二十三坪について抵当権設定登記をするよう要求したが、岩田は専ら荘之助の善意を信じて貸付金の返還のみを請求していた。そのため、前記土地二十三坪については先に昭和二九年七月二六日付でサクのため分筆登記が経由されていたにもかかわらず、原告のため抵当権設定登記が行われることなく、昭和三一年七月二七日訴外堀川甲がこれを競落取得し、原告の抵当権取得も不能となつてしまつた。

以上の認定事実によれば、原告は川浦サク所有の前記土地二十三坪につき容易に抵当権を設定させることができたにも拘らず、その手続をさせることを怠つていたため、第三者に競落取得され抵当権取得の機会を失うに至つたものであるから、民法第五百四条にいわゆる懈怠によつて担保を失つたときに該当するものといわなければならない。

原告は前記土地を担保にとるかとらぬかは原告の権利であつて義務ではないと主張するが、被告は連帯保証人であるから債務の弁済につき正当の利益を有するのであつて、弁済をすれば債権者に代位することができるから、抵当権が確保されることについて重大な利害関係を有する。従つて民法第五百四条はこの意味において債権者に一種の担保義務を負わせたものと解されるのであつて、原告の主張は採用できない。

してみれば、前記土地二十三坪の昭和二九年五月一五日当時における価格が金二十三万円であることが当事者間に争のない以上、原告の担保を失つた当時の価格はこれを上廻ることが当然推測されるから、原告主張の約束手形金二十一万六千円を完済するに足りるものということができ、従つて被告は本件債務全部についてその責を免れたものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は失当であるとしてこれを棄却した。

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